| 新西国霊場とは 大阪時事新報(現・産経新聞)、神戸新聞、京都日日新聞(現・京都新聞)の三都新聞連合の企画により、聖徳太子の「和の道」を基調とし、読者の人気投票に基づいて選定された33箇所の観音霊場をはじまりとする。戦後、霊場を辞退した2霊場を入れ替え、1967年(昭和42年)に客番5霊場を加えて38箇所となった。 近畿2府4県に散らばる38寺を順不同でつないで歩いて行きます。 なかなか踏破は難しそうですが、時間をかけてチャレンジします。 |
25番 太山寺から 24番 上野山須磨寺をめざして
2017/11/9 太山寺 ⇒ JR須磨駅 10.3 km
| 行程をスマホのGPSでトレースしました。クリックすると別ウィンドウ(タグ)で地図が開きます。 |
|---|
| 神戸総合運動公園の補助競技場とは言え、よく手入れされた芝生が眩しい。奥はユニバー記念競技場。 |
| 名谷公園。 地下を山陽新幹線が通る。 |
| 神戸市営の地下鉄・西神・山手線の名谷駅。 |
| 名谷団地の間の歩道を行く。 |
| 神戸女子大学横の道路を行く。 |
| 第二神明道路の高架下を行く。 |
| 関守稲荷神社 須磨の関<摂津の関>の守護神として祀られたと伝えられています。 聞き渡る 関の中にも 須磨の関 名をとどめける 波の音かな 藤原俊成の歌碑 |
| JR須磨駅南の海岸線。今日は穏やかな海が広がっていた。 |
2017/10/31 JR須磨駅 ⇒ 須磨寺 1.9 km
| 行程をスマホのGPSでトレースしました。クリックすると別ウィンドウ(タグ)で地図が開きます。 |
|---|
| 菅原道真公の手植えの松 横に「菅の井」 「伝説によれば、901(延喜元年)年、菅原道真が九州大宰府に流される途中、風波を避けて須磨に一時上陸した際、、浦人が漁網の大綱を巻いて円座をつくり、道真に休んでいただいたといわれています。その時に西須磨の旧家である前田家の人が井戸の水をくんで差しあげたところ、道真は大いに喜び自画像を前田家に与えたそうです。前田家は、この井戸を「菅の井」と名付け、その水で銘酒「菅の井」を作って毎年大宰府天満宮へ献上していたと伝えられています。 |
| 元宮 長田神社 |
| 山陽電車・須磨寺駅から続く商店街は、参道が発展したものだが、今は寂れつつありひっそりとしていた。 |
| ネパール大震災復興記念堂 |

| 24番 上野山須磨寺 |
|
御詠歌 世にひびく 青葉の笛の 名にぞきく すまのみ寺の 松風の声 |
| 正覚院 |
| 龍華橋 |
| 仁王門 |
| 千手観音 |
| 弘法岩 五鈷水 |
| 桜寿院 |
| 本坊 |
| 書院 |
| 出世稲荷 |
| 三重塔 |
| 五猿 |
| 親子地蔵 |
| 敦盛公首塚 |
| 萬霊堂 |
| 経木供養所 |
| 義経 腰掛けの松 |
| 大師 堂 |
| 本堂 |
| 護摩堂 |
| 弁慶の鐘 |
| 写経輪堂 |
| 唐門 |
| 蓮生院 |
| 厄除大師 |
| 七福神マニコロ 亀の背に乗る石に七福神が掘ってある。この石を回しながら拝めば、良い事が・・・ |
| 源平の庭 右が熊谷直実 左が平敦盛 |