丹波市の社寺仏閣etc  巡礼の足跡

2019/5/4
白毫寺
(びゃくごうじ) 
 丹波市市島町白毫寺709
白毫寺は、天台宗の寺院。705年法道開山により、創建と伝えられている。 一時は7堂伽藍、南北朝時代は93坊を擁する丹波屈指の名刹として隆盛を極めたが、天正年間の織田信長による丹波攻略に伴い明智光秀率いる、軍勢の兵火で焼失。
天正年間(1573~1592年)に中興。平成13年秋には開基1300年慶讃法要が行われた。(冊子より)

石門
庚申社
太鼓橋
心字池にかかる木橋である。 橋の長さ5、2m、幅2、05m、高さ1、75mで橋をすっぽり入れる銅板葺の素屋根が覆っている。橋の構築時期は作風などからして江戸時代中期の元禄年間頃と推測されており、 さや堂と同時完成のものである。この地方には、この種の橋はなく優雅な姿を心字池に映している。
太鼓橋
薬師堂
薬師堂
熊野権現社
藤棚下に変なモデルが出現。
九尺藤とありましたが、九尺はない。3尺くらいかな?。でも、「白髪三千丈」(三千丈は約9km)よりも誇張はかわいい範囲。
本堂
山門
居並ぶ仏像は13体。菩薩(7体)、如来(5体)、不動明王(1体)
入口の石門横に並ぶ七福神
鐘楼


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2019/2/25   
柏原八幡神社
 (八幡山城跡)

 丹波市柏原町
●御祭神
・誉田別命 【ほんだわけのみこと】(応神天皇)
・息長足姫命【おきながたらしひめのみこと】(神功皇后)
・比賣三柱命(多紀理比賣命【たぎりひめのみこと】、多紀都比賣命【たぎつひめのみこと】、市杵島比賣命【いちきしまひめのみこと】)
●御鎮座
社伝によると、舒明天皇の御代(629~641)に出雲連(いずものむらじ)らが入船山(当宮の鎮座する山)に素戔鳴尊(すさのおのみこと)を奉祀したのが当宮の創始と伝えられています。 その後、萬寿元年(1024)に入船山周辺の3箇所から霊泉の湧出を奇瑞とし、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都の石清水八幡宮より御分霊を勧請し、丹波国「柏原別宮」として創建されました。
境内には兵庫県指定重要文化財に指定されている三重塔と釣鐘が現存し、神仏習合当時の景観を今日に伝える全国でも極めて珍しい神社です。
厄除けの神威が高く、毎年2月17日、18日に斎行する厄除大祭は「丹波柏原の厄神さん」と親しまれ全国各地より多くの参拝者で賑わい、17日深夜に執り行われる「青山祭壇の儀」は日本最古の厄除神事で、 往古の道饗祭(みちあえのまつり)、疫神祭(えきじんさい)の遺風を今に伝えています。
●御神徳 
 厄除開運・五穀成熟・病患平癒・家内安全・子宝安産・交通安全・勝負必勝・産業興隆等の神として、尊崇され、とりわけ厄除けの神威が高く毎年2月17日、18日に斉行する厄除け大祭は「丹波柏原の厄神さん」 と親しまれ、北近畿を中心に全国各地より7万人余りの参拝者で終日賑わい、17日深夜から18日未明にかけて執り行われる「青山祭壇の儀」は日本最古の厄除神事で、往古の道饗祭(みちあえのまつり)、疫神祭の 遺風を今に伝える流例伝承の神事である。
●建造物
社殿は天正13年(1585)に羽柴(豊臣)秀吉の造営によって再々建されたもので、三間社流造りの本殿に入母屋造の拝殿を連接した複合社殿で、檜皮葺きの屋根に、箱棟、千木、勝男木をのせる。
明治維新の神仏判然令により仏像、経巻、仏具の一切を別当寺の東光院(乗宝寺)に移し、円満に神仏分離が行われた。当宮には三重塔、鐘楼に釣鐘など神仏混淆当時の景観を今日に保っている。
●境内の狛犬
本殿前一対の狛犬は「丹波佐吉」(源照信)の作で、大阪府泉南地方を産地とする、和泉砂岩を原材料とした物で一般に「浪速狛犬」と呼ばれる部類に属するものである。 大新屋村(現 柏原町大新屋)で旗本佐野家の代官を勤務していた、上山孝之進成績と、北山村(現 柏原町北山)居住の有力者、田口金次昌栄両人によって文久元年(1861)に寄進したもので、 台石の「奉献」の文字は筑前国(福岡県北西部)の女儒亀井少琴の揮毫になる。丹波佐吉の作品は丹波市内に多数現存しており、下記の二点は奉拝、拝観することができる。
  ・大燈寺   観世音像  (青垣町稲土)
  ・稲荷神社  狐像の一対 (柏原町北山)
厄除神社前一対の狛犬は柏原町内で木彫作家を営む初代「柏里」(本名 磯尾健治)の石材を用いた作品で、昭和27年(1952)2月に氏子崇拝者によって献納されたものである。
                             案内掲示板から転載

山城跡を納得させるだけの急峻な石段が続く参道。
大鳥居
柏原八幡神社本殿
厄除神社
毎年2月の17日、18日の柏原厄除け大祭はここ丹波では「柏原の厄神さん」として、あまりにも有名ですが、こんなにも小さな社とは知りませんでした。
住吉神社
三重塔
現在の三重塔は文化10年(1813)~文化12年(1815)にかけて建立されたもので、全国で神社に塔が現存する18例の1つに数えられる貴重な建築です。
兵庫県の指定重要文化財に指定され、古来より柏原のシンボルとして親しまれています。
鐘楼
この銅鐘には康応元年(1389)と天文12年(1542)の2つの年号が刻まれており、天正年間に豊臣秀吉が大砲鋳造の為、郡内の鐘を柏原東奥藤ノ目に集めた際、特に優れた物のため豊臣秀吉が改めて寄進したものです。
明治初めの神仏分離令の際、棄却の対象となったが免れて今日に至っています。現在では