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新門司港からバスで移動し、まず臼杵の古い街並みを散策。その後、臼杵石仏、亀塚古墳公園、別府ひょうたん温泉を順に訪れた後、フェリーに戻り大阪南港に向けて出発。新門司港からバスで移動し、まず臼杵の古い街並みを散策。その後、臼杵大仏、亀塚古墳公園、別府ひょうたん温泉を順に訪れた後、フェリーに戻り大阪南港に向けて出発。
| 大阪南港 |
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| 名門大洋フェリーの「フェリーおおさかⅡ」に乗り込みます。 |
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| 横に停泊していたのはオレンジフェリーの東予(新居浜市)行き |
| 行程をスマホのGPSでトレースしました。クリックすると別ウィンドウ(タグ)で地図が開きます。 |
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| 別府湾サービスエリア |
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| 見えるのはサルで有名になった高崎山。 |
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| 臼杵の古い街並 |
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| 稲葉家下屋敷の外、生け堀の鯉 |
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| 八坂神社 |
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| 八坂神社 |
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| 八坂神社 |
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| 八坂神社 |
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| 野上弥生子文学記念館 代表作に、「海神丸」「真知子」「迷路」「秀吉と利休」などがあり、 女性としては2番目に文化勲章を受け、臼杵市名誉市民の 第一号にも推薦された野上弥生子の記念館です。 |
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| 野上弥生子文学記念館 |
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| 久家の大蔵 |
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| 久家の大蔵 久家(くげ)の大蔵は江戸時代後期頃建築され、酒の貯蔵庫として利用されていました。 老朽化にともない取り壊される予定だったものを、平成12年5月、壁面にポルトガルの著名なアズレージョ作家・ロジェリオ・リベイロ氏による伝統的装飾絵タイル・アズレージョが施され、白壁に映える青色が美しい南蛮文化交流施設として生まれ変わりました。 |
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| 龍原寺 1600年(慶長5年)に、円誉を開山に豊後臼杵藩初代藩主稲葉貞通によって創建された]。暴れる龍の夢を見た円誉が後陽成天皇の六字名号の掛軸を奉じて当地に赴き、龍を昇天させて開基したという伝説がある。その寺宝として龍の珠、鱗、爪がある(非公開)。 |
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| この龍原寺の三重塔は、太子塔ともよばれ聖徳太子を祀る塔です。 浄土宗総本山知恩院の末寺で、慶長5年(1600年)に創建されました。当時の領主だった稲葉右京貞通公が、船で下向してきた円誉上人に高徳を感じ、現在の地である龍ヶ渕にお寺を創ったのがはじまりです。九州に2つしかない江戸期の木造三重塔で、県指定の文化財に指定されています。 軒下の柱との境には、小さな鬼の像がユニークな表情で屋根を支えています。 |
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この龍原寺の三重塔は、太子塔ともよばれ聖徳太子を祀る塔です。浄土宗総本山知恩院の末寺で、慶長5年(1600年)に創建されました。当時の領主だった稲葉右京貞通公が、船で下向してきた円誉上人に高徳を感じ、現在の地である龍ヶ渕にお寺を創ったのがはじまりです。九州に2つしかない江戸期の木造三重塔で、県指定の文化財に指定されています。 軒下の柱との境には、小さな鬼の像がユニークな表情で屋根を支えています。 |
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| 見星寺 山門 |
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| 見星寺 成道山見星禅寺は大分県臼杵市に位置する、臨済宗妙心寺派の禅寺です。 |
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成道山見星禅寺は大分県臼杵市に位置する、臨済宗妙心寺派の禅寺です。 |
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| うすき雛の由来 古文書の記録によると、天保の改革の頃、臼杵藩では質素倹約のため町の人達は「紙製のお雛様」しか飾ることが許されていなかったとされています。当時の雛は残っていませんが、お雛様の原型である立ち雛を参考に、シンプルで気品ある臼杵らしいお雛様が「うすき雛の会」の手によって誕生しました。期間中はスタンプラリーも開催いたします。 |
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| うすき雛 |
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| うすき雛 |
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| 旧片切家屋敷 |
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| 旧片切家屋敷 |
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| 旧真光寺 |
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| 善法寺 |
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| 善法寺 |
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| 善法寺 |
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| 善正寺 山門 |
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| 仁王山善正寺 浄土真宗本願寺派 慶長七年十月十六日創建 開基 願了法師 天正十八年美濃より 玉来真正寺 田中明尊寺を経て臼杵に来る 慶長七年(1662)十月十六日 龍谷門主准如上人より善正寺の寺号、 開山親鸞上人尊影を賜はる。 本尊は美濃伝来の恵心僧都一刀三礼の阿弥陀立像なり 享保十七年(1733) 俗に言う田町火夢に遭い焼失寛保四年(一四四)春月仮普請にて之を建て現在に至る。 |
臼杵城跡 |
臼杵城跡 |
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| 稲葉家下屋敷 |
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| 稲葉家下屋敷 |
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| 稲葉家下屋敷 |
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| 稲葉家下屋敷 |
| 臼杵石仏 |
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| 亀塚古墳公園 |
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| 別府 ひょうたん温泉 |
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