屋久島Tour


1日目:  神戸三宮フェリーターミナルから宮崎港まで宮崎カーフェリーで船内泊で移動。
2日目:港からはバスで、道の駅都城,、城山公園展望台、を訪ねた後、鹿児島港で。トッピーロケットなる船で2時間35分を掛けて屋久島港へ。バスに乗り換え、白谷雲水峡駐車場から神秘なる太古の森を歩いた後、バスでペンションへ。ここで泊。
3日目: ペンションを出て、バスで移動。まず、ヤクスギランド、紀元杉、を訪ねた後、杉匠、屋久島港へ。バスで宮崎港まで移動し、フェリー泊。
4日目:フェリーは神戸港に7:30着。

2日目  2025/9/10
3日目  2025/9/11


1日目  2025/9/9(火) 

神戸三宮フェリーターミナルから宮崎港まで宮崎カーフェリーで船内泊で移動。

神戸三宮フェリーターミナル

内海造船(かって、所属した日立造船の因島工場を子会社に売却したもの)建造のフェリー「たかちほ」  接岸壁の横腹から車も乗客も乗り込んでいく。

GLION AREANA KOBE が見える。 バスケットボール会場。




2日目  2025/9/10(水) 
2日目:港からはバスで、道の駅都城,、城山公園展望台、を訪ねた後、鹿児島港で。トッピーロケットなる船で2時間35分を掛けて屋久島港へ。バスに乗り換え、白谷雲水峡駐車場から神秘なる太古の森を歩いた後、バスでペンションへ。ここで泊。

行程をスマホのGPSでトレースしました。クリックすると別ウィンドウ(タグ)で地図が開きます。



道の駅 都城NiQLL
多くの人に集まって欲しいという願いから、みんなここにくる、買い物にくる、食べにくる、遊びにくる…ということから「ニクル」という愛称がついたそうです。 他には肉を楽しむ、肉を動詞にして肉る(ニクル)という意味もあるとか
正面入り口横のモニュメント
正面入り口
正面入り口



城山公園展望台
市街地の中心部に位置する標高107mの「城山」。鹿児島市街地と錦江湾、桜島が望める展望台は、絶好の撮影スポット。天気の良い日には遠く霧島や指宿の開聞岳も見え、夜景が美しいことでも有名です。
明治10年(1877年)の西南戦争の最後の激戦地となったため、西郷洞窟や西郷終焉の地など、周辺には西南戦争にまつわる史跡が多く存在し、歴史好き&西郷隆盛ファンは必ず訪れたい場所のひとつです。
桜島を望む
桜島を望む
鹿児島市内
成立ち
桜島が噴火する前鹿児島湾(錦江湾には巨大な穴があいていました.。この穴はカルデラと呼ばれ、約29000年前の巨大噴火によってできたものです。この時の噴火で大量のマグマが流出し南九州全体を埋め尽くしました。その後、約26000年前にカルデラの南部で起きた噴火でできたのが桜島です。
歴史
桜島の歴史は噴火の歴史とも言われ、これまで幾たびも大規模な噴火を繰り返してきています。中でも、大正3年の大噴火では、大量の溶岩の流出により、もともと島だった桜島と大隅半島とが陸続きになりました。桜島は鹿児島市街地の沖合約4kmにあり、現在も活動している活崋山ですが、約5000人の市民が火山と共生しています。
城山公園
明治39年鹿児島市で最初の公園として開設されました。 緑豊かな遊歩道や桜島、錦江湾、市街地を同時に望める展望台(高さ107m)、林間で遊べドン広場、鹿児島城の二の丸庭園であった 探勝園などがあります。この「城山」は、 樹齢約400年にもなるクスの大木などの常緑広葉樹やシロヤマシダやシロヤマゼンマイなどのシダ類等、約500種あまりの植物が密生しています。市街地にあって南九州特有の常緑樹林を保ち数多くの野鳥や 昆虫が生息する自然の宝庫です。また、14世紀 (南北朝時代)においては、上山氏の居城(山城)でしたが、江戸時代の初めには 南九州おさめていた島津氏の居城でもある鹿児島城の一部となり、明治十年には南北戦争の最後の最後の激戦地となったところでもあります。このため昭和6年に 公園の一部が{天然記念物および史跡 城山」として国の文化財指定を受けているほか、令和五年には{史跡鹿児島城跡}として 公園全体が国の文化財として追加してを受け入れているほか、令和元年度に日本遺産(薩摩の武士が幸田町の 構成文化財にもなっています文化財を保護するとともにすべての人々が気持ちよく公園をできるようにマナーを守って利用しましょう 。


鹿児島港
鹿児島港にバスで到着。玄関
これから乗船するトッピーロケット。屋久島港まで2時間半で結んでいます。
トッピーロケット7
屋久島港につきました。


白谷雲水峡
苔むす森と絶景の太鼓岩。屋久島の原風景に出会う場所。
苔に覆われた深い森と清らかな渓流が織りなす、自然美あふれる白谷雲水峡。晴れた日には木漏れ日が差し込み、霧に包まれれば幻想的な世界が広がる——。刻々と移ろうその表情は、訪れるたびに新たな感動をもたらします。幽玄な森を抜けて太鼓岩へと登れば、宮之浦岳をはじめとする奥岳の山々を望める絶景——。静寂と雄大さが交差する、唯一無二の風景がここにあります。



 









倒木を土台として、積み重なって成長している杉の木を「二代杉」とよんでいます。













弥生杉は、標高719mに位置しており、樹高26m、胸高周囲7.6m、推定樹齢は3000年と言われていました。以前より樹幹の腐朽やシロアリの被害が確認されるなど、著しい樹勢の衰退が見られました。2024年8月28日から29日未明にかけて襲来した台風10号の暴風等の影響を受け倒伏したものと考えられます。倒伏した弥生杉はそのまま存置し、現地で見て聞いて体験して繋ぐ教育・教材の場として活用しています







屋久島の自然と環境を次の世代へ
白谷雲水峡内の屋久杉としては散策しやすい場所にあり、多くの方々に親しまれてきた屋久杉は「森の巨人たち百選」にも選ばれる堂々とした風格でしたが、幹の内側は腐食が進み大部分が枯死した状態になっていました。令和6年8月末、樹高が周囲の木々より高く上部が突き出ていたこともあり、屋久島を襲った台風10号による局地的な暴風雨に耐えられず、根元から3mほどの箇所から幹が折れて倒れました

「弥生杉」はそのままの状態で現地に保存
倒れた屋久杉の取り扱いについては、関係者による検討会での議論を踏まえ、「倒伏した姿や新たな命が芽吹き更新する様子など自然の推移に委ね現地が変化して行く状況を見ることができ、後世に伝える森林環境教育等の場所として活用する」こととなりました。森林の再生過程をモニタリングしながら、屋久島の関係者の皆様と連携・協力し活用して行くこととしています。



ヒメシャラ

気根杉





ペンション シーフォレスト


ペンション外観

ペンションから歩いてすぐの海岸

朝日の出

ペンションから歩いてすぐの海岸

3日目  2025/9/11(木) 

行程をスマホのGPSでトレースしました。クリックすると別ウィンドウ(タグ)で地図が開きます。



ヤクスギランド
ヤクスギランドは標高1,000m付近に広がる270haもの自然休養林です。屋久杉の巨木も多く、原生林をそのままに感じることのできる場所です。登山初心者向けの遊歩道が整備され、5つの散策コースがあり、千年杉やくぐり杉、仏陀杉など特徴的な杉を間近から観察することができます。屋久島の自然を全身で感じることができる場所です。




くぐり樿







昔の屋久杉伐採
昔、屋久杉は神木として崇められ誰一人として伐る者はいませんでした。屋久島出身の儒学者泊如竹は眠れる森林資源の活用を図るため、島津藩に献策を行ないました。1635年、宮の浦に代官が置かれ以後、屋久杉の本格的伐採が始まりました。島民は深い山に入り、何日間もかかって巨木を倒し、長さ60cmぐらい幅10cmぐらいの薄板である平木(屋根をふく材料)に加工して背負って下ろしたと言われています。
昔の屋久杉伐採
昔、屋久杉は神木として崇められ誰一人として伐る者はいませんでした。屋久島出身の儒学者泊如竹は眠れる森林資源の活用を図るため、島津藩に献策を行ないました。1635年、宮の浦に代官が置かれ以後、屋久杉の本格的伐採が始まりました。島民は深い山に入り、何日間もかかって巨木を倒し、長さ60cmぐらい幅10cmぐらいの薄板である平木(屋根をふく材料)に加工して背負って下ろしたと言われています。

土埋木
江戸時代に伐採された屋久杉の用途は、主に平木(屋根の材料)であったため、割れやすい木を選んで加工ししやすい部分のみ利用しました。利用されなかった枝条や幹・根株は林内に放置されました。屋久杉は樹脂を非常に多く含んでいるため200300年経った現在でも腐ることなく残っています。これらの残材を「土埋木」と称して林内から搬出し貴重な屋久杉工芸品として利用しています。

土埋木
江戸時代に伐採された屋久杉の用途は、主に平木(屋根の材料)であったため、割れやすい木を選んで加工ししやすい部分のみ利用しました。利用されなかった枝条や幹・根株は林内に放置されました。屋久杉は樹脂を非常に多く含んでいるため200300年経った現在でも腐ることなく残っています。これらの残材を「土埋木」と称して林内から搬出し貴重な屋久杉工芸品として利用しています。




倒木に生えるコケ



屋久杉の再生について
屋久杉は適度の湿り気を好みのヤクスギランドや縄文杉への大株歩道周辺に代表されるように、沢沿いであったり、小さい窪地や周辺が小さな木々で覆われているなど、乾燥しにくい地域で密に生育しています。ここでは樹齢千年以下の屋久杉いわゆるコスギがまとまって見られますが、これは江戸時代に木が切られたあと林内に日の光が入り、そこで周辺の木々から落下した種子が発芽し、これらがまとまって生育したものです。いわば人の手により森の再生が行われた場所で屋久島における森と人々との深い関わりあいを示しているといえます。


くぐり杉


紀元杉
ヤクスギランドを越え、淀川登山口へ向かう途中にあります。車道のすぐそばにある屋久杉です。推定樹齢は3千年(高さ19.5m周囲8.1m)で、ヤマグルマ、ヤクシマシャクナゲ、ナナカマドなど十数種類の植物が着生しています。標高1,230mに位置しており、標高が上がるにつれ変化する気候や植生の移り変わりが楽しめ、登山ができない方でも山の雰囲気が味わえます。
車道横に立つ看板
車道横に聳える紀元杉











4日目  2025/9/11(金)