大阪・鶴橋駅から近鉄特急で鳥羽まで2時間。鳥羽シーサイドホテルに2連泊し、その間に鳥羽、伊良湖、伊勢神宮などを訪れた。
2025/11/17(月)
大阪鶴橋→近鉄特急「しまかぜ」→近鉄・鳥羽→安楽島→鳥羽シーサイドホテル (泊)
| 安楽島 鳥羽駅近くでレンタサイクルを借りて、安楽島辺りまで散策。 |
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| ミキモト真珠島 |
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| 遠くに見えるのが鳥羽シーサイドホテル |
2025/11/18(火)
鳥羽シーサイドホテル → 伊良湖岬 → 鳥羽シーサイドホテル (泊)
| 鳥羽シーサイドホテル |
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| ホテル外観 |
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| ホテル海側の船着き場 |
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| ホテル外観 |
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| ホテル海側からフリー乗り場を見渡す。 |
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| ホテル海側にあった幸せの鐘 |
| 伊良湖フェリー 現伊良湖フェリーは、愛知県田原市の伊良湖港と三重県鳥羽市の鳥羽港を結ぶ「伊勢湾フェリー」の通称です。伊勢湾を横断する便利な航路で、車やバイクも乗船できます。一日に8~9便あり、約55分で結びます。 AIによる解説 |
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| 三島由紀夫「潮騒」の舞台になった神島 |
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| 三島由紀夫「潮騒」の舞台になった神島 |
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| 伊良湖港に着いた。 |
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| この港では車の横を人も歩いて岸壁に渡る。 |
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| 糟谷磯丸銅像 明和元年(1764)5月3日~嘉永元年(1848)5月3日。江戸時代末期の歌人。 愛知県渥美半島の先端、伊良湖(いらご)の漁師であった磯丸は、母の病気が治るようにと毎日お参りしていた伊良湖明神(神社)で和歌を知る。 既に30代半ばであったが、このころはまだ文字の読み書きができなかった。 「無筆の歌よみ」と呼ばれたのはそのためである。 純真・誠実な人柄ゆえの飾らず素朴な歌は人々に愛された。 また、磯丸の祈りが明神様に通じてか、 長い間重い病気で苦しんでいた母親の病気が全快し、 さらには伊良湖の大火事の際、磯丸の家だけ焼けなかった不思議も重なり、 図らずも磯丸は人々から神仏のようにあがめられることとなる。 こうして、磯丸に歌を詠んでもらえば災難から救われるという噂が立つようになり、病気の治る歌をはじめ、安産、家内安全、商売繁盛、大漁祈願、魔よけ、虫よけなどの「まじないの歌」を数多く求められて詠んでいる。 |
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| 糟谷磯丸銅像 |
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| 伊良湖岬灯台 |
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| 伊良湖岬灯台 |
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| 伊良湖岬灯台 |
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| 恋路ヶ浜 |
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| 恋路ヶ浜 |
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| 恋路ヶ浜 記念モニュメント ここ恋路ヶ浜は四つの日本百選に選ばれています。 モメントの 一番上の石は 渥美半島を表わし、 白浜青松・道・ 音風景・渚の四つの百選を四本の柱に見立てて。半島の豊かな自然を讃えています。 下の形は、 二つの石で構成し、地域に暮らす人々の力強いエネルギーと郷土愛を表現しています。 モニュメントの 空洞からは、動と静が 織りなす太平洋を眺望でき、海のような大きな心になることを、また、真ん中の磨かれた石に触れることによって、皆さんの夢や希望がかなえられることを願っています |
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| 恋路ヶ浜 記念モニュメント ここ恋路ヶ浜は四つの日本百選に選ばれています。 モメントの 一番上の石は 渥美半島を表わし、 白浜青松・道・ 音風景・渚の四つの百選を四本の柱に見立てて。半島の豊かな自然を讃えています。 下の形は、 二つの石で構成し、地域に暮らす人々の力強いエネルギーと郷土愛を表現しています。 モニュメントの 空洞からは、動と静が 織りなす太平洋を眺望でき、海のような大きな心になることを、また、真ん中の磨かれた石に触れることによって、皆さんの夢や希望がかなえられることを願っています |
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| 幸せの鐘 |
2025/11/19(水)
鳥羽シーサイドホテル → 伊勢神宮・内宮 → 伊勢神宮・外宮 → 大阪 鶴橋
| 伊勢神宮 内宮 正式名称を皇大神宮(こうたいじんぐう)といい、日本で最も尊いお宮の一つです。日本人の総氏神である天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀っています。 AIによる解説 |
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| 伊勢神宮 外宮 |
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| 神楽殿 |
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| 神楽殿 |
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| 豊受大神殿 |
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| 土宮 |
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| 土宮 |
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| 多賀宮 |
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| 多賀宮 |
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| 匂玉池奉納舞台 |
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| 匂玉池奉納舞台と式年遷宮記念せんぐう館 |